第 208 回 PTT のお知らせ
日時: 1995年 5月18日 (木) 18:30 から
場所: 東京農工大学 工学部 7号館(数理情報工学科棟) 1E室
中央線東小金井駅 南口下車 徒歩10分モスバーガー前の道を南下、右手に
地蔵のある四つ角を右折後直進にて工学部東門。左方建物裏手に7号館あり
(東門に案内板あり)。
話者:乾伸雄
(工学部 電子情報工学科 コンピュータサイエンスコース)
題目:副詞「もう」と「まだ」の語用論的意味と
自然言語処理への適用について
概要:
一般に自然言語文の意味は、客観的表現と主観的表現に分けられる。
客観的表現はある状態や動作といった内容を聞き手に伝える表現であ
り、主観的表現は話し手の態度を聞き手に伝える表現である。主観的
表現は副詞や助詞、助動詞によって簡略されて表現されることが多い。
自然言語処理研究は、主として文に含まれる客観的な意味の抽出を対
象に行なわれるが、人間が表現する文を対象に研究を行なう以上、主
観的表現をもその対象にせざるを得ない。
本発表で取り上げる「もう」、「まだ」については、ある状態や時間
に関して、現実の状況が話し手の持つ基準を越えている場合は「もう」
を用い、越えていない場合は「まだ」を用いるとされている。つまり、
話し手の基準に対して反対語の関係になる。しかし、現実はそれほど
単純なものではなく、単に「もう」と「まだ」を入れ換えただけで、
話し手の基準において文意が反対になる場合と意味的に入れ換えが不
可能な場合がある。また、実際にこれらの副詞は程度副詞と情態副詞
としての用法を持っていること、なおかつ複文において文頭に出現し
た時など、修飾先が曖昧となるといった現象が見られる。
我々は以前に限定された対話環境において「もう」と「まだ」の意味
を様相論理に基づき、分析を行なった。その結果、人間の発話に近い
文生成が可能になることを示した。しかし、より柔軟な対話環境を想
定した場合、人間にとって自然な文生成および文解析を行なうために
は、意味的な記述だけでなく、語用論的な分析が必要となってくる。
本発表では、「もう」と「まだ」の統語的/語用論的分析を新聞記事
より集めた用例に基づいて行なう。「もう」、「まだ」の意味の形式
的表現を示し、修飾可能な述部の持つべき条件について、考察する。
副詞は構文的な曖昧性を増やす大きな要因となっているが、「もう」
「まだ」の意味的な制約によって曖昧性を減らせることを議論する。
第 208 回 PTTメモ
日時: 1995年5月18日(木) 18:30〜20:30
場所: 東京農工大学工学部数理情報工学科棟1E室
題目: 副詞「モウ」と「マダ」の語用論的意味と自然言語処理への適用に
ついて
話者: 乾 伸雄
出席者:
木下知貴,
佐々木崇郎(慶應大),
下國治(東大),
多田好克,
中村嘉志(電通大),
天野純一,
石井余史子,
岩澤京子,
荻澤義昭,
小島丈幸,
鈴木由理,
徳田浩,
中兼春香,
中川正樹,
中島一彰,
中山圭,
並木美太郎,
野池賢二,
早川栄一,
水野貴文,
山口昌也(農工大),
石畑清(明大),
和田英一
質疑応答:
人間とコンピュータの自然言語による対話を考えた時に、表面的にはほとんど
同じ字面でも、ちょっとした言葉の使い方で伝えようとする内容が異なって来
る。本発表では、副詞「もう」と「まだ」において、時間を表す情態副詞の場
合に焦点を絞って、分析を行った。
まず、これらの副詞が表現する内容を、記述されるべき対象の状態の変化とし
て定式化した。そして、話者の視点に対して、二つの副詞を用いた表現がどの
ように変化するか、否定形式と様相形式によって分析した。
次に、二つの副詞の持つ意味が述語の種類によってどのように変化するか述べ
た。副詞が意味する状態変化が、動詞の意味属性、テンスやアスペクトによっ
てどのようにかわるか眺めた。
実際の新聞での用例調査について述べた。特に、名詞述語文における状態変化
について述べた。
質 疑:
いくつかの例文で異なった解釈が質問者より示された。どういった状態変化に
着目するかは話題に関係する問題であり、今後の課題とさせていただく。ただ
し、大部分の場合、状態変化により記述される点は御理解頂いたと思う。
英語の場合と比較してどうかという議論があった。発表者の知るかぎりでは、
英語のstillは継続性を示し、alreadyは完了を示す。「もう」や「まだ」が状
態変化を表すこととだいぶ異なる。ただし、この辺りの議論は、言語心理学的
な分析が必要になって来るだろう。
「もう」は運用論的に口語的な意味があり、新聞ではあまり使われないのでな
いかと言うコメントを頂いた。確かに、話し言葉を書いたところや、文化欄で
の感情的な表現で使われる事が多かった。本発表で行った定式化を他の副詞に
適応する事で、より多い用例を採集できると考えている。
名詞述語文の名詞について多くの指摘をいただいた。だいたい参加者の考えて
いる事が一致を見たことにより、状態変化規則に関して、あまり多くない基本
原則が得られ、学習の自動化が図られるのではないかと思う。
感想と反省
副詞の世界は、名詞や動詞などに比べて、言語学的にも自然言語処理的にも立
ち後れた分野であるが、特に日本語においては、発話の本質的な意味を担う。
本発表では状態変化によって、ひとつの時間的側面をとらえた。参加者との討
議より、文脈的な事柄も考慮していかなければならないと感じた。
発表OHPに誤字や抜けが多かった事、お詫びします。
文 献:
直接的にもう、まだの問題について述べたものは下記の通りです。
K.Yamazaki,"Some Thoughts on Japanese 'moo' and 'mada'",Descriptive &
Applied Linguistics 11 (1978)
石神照雄,"時間に関する<程度性副詞>「モウ」と「マダ」,国語学研究 18,
(1978)
森田良行,"基礎日本語辞典",角川書店,(1989)